「ふたご座は雨に気をつけろ、か……。かに座は一位。ラッキーアイテムは傘。完璧なのだよ」
「毎朝毎朝よく飽きないよなー真ちゃんも。つーか今日天気予報、雨って言ってたか?」
「知らん。ラッキーアイテムは持ち歩いて当然だろう」
「あーはいはい。それよりも練習いかねーと先輩達に怒られんぞ……」
物心ついたときからおは朝占いを毎朝欠かさずに見るようになった。嫌になるレベルの的中率は邪魔に感じることもあるのだが、かに座が上位である日はありがたさ以上のものを感じる。最高の状態を維持できる保障がされている二十四時間には至高の価値がある。今日は好調に違いない。緑間は先に部室を出て行った高尾の後を追った。
「うげっ、ふたご座運勢悪いじゃないスか!雨にご注意って……今日晴れって言ってたスよ!?」
同時刻、海常高校。音楽プレイヤーの電源を入れたら偶然再生されたおは朝占いを黄瀬は真剣に聞いていた。自らの星座の順位が発表されるまでの期待に満ちた表情は瞬く間に消えた。最下位。占いなど滅多に当たるものではないと言っても、この占いの恐ろしさを何度も目の前で証明された黄瀬には染みる傷だった。
「何お前はおは朝占いなんて聞いてんだ!さっさと着替えろアホ!」
「ちょっ、先輩蹴るなんてひどいッスよー!着替えますから着替えますから!」
気が沈んでいた黄瀬の背中に笠松の飛び蹴りが華麗に決まった。すっかり海常高校バスケ部恒例になった二人のやり取りを部員は呆れた様子で見守っている。黄瀬は背中に走った激痛に耐えながらロッカーを開け、ユニフォームに手を伸ばした。着替えを済ますまでの一連の動作が開始された瞬間から、黄瀬涼太は別人になった。
「えっ、おかしすぎるッスよ!決まらなさすぎにも程が……」
黄瀬は予想外の不調に頭を悩ませていた。絶対に外さないであろう位置から放ったボールがバックボードの左側に命中し、そのままコート上に落下した。何度打っても納得がいくシュートができず、苛立ちが募るばかりだった。
「今日異常にシュート決まんねぇなお前。スッカスカな頭が考え事でもしすぎてパンク起こしたか?」
「スッカスカって表現酷すぎません!?べ、別にそんなんじゃないッスけど……」
そんな黄瀬を見かねた笠松の冗談めいた言葉に黄瀬は反論しようとしたが、ぐっと堪えた。
「打ち続けてれば感覚戻ってくんだろ。サボったらシバくぞ」
「シバくのは勘弁して欲しいッス!先輩。ボール、貸してください」
「ほらよ。昼までにはちゃんと調子戻しとけよ」
笠松からボールを受け取り、黄瀬は練習を再開した。何度も何度もボールが床に打ち付けられる音が館内に響き渡る。それでも黄瀬は自身が満足するまで中断することはなかった。
「まじかよ……絶好調すぎて腹立つんだけど」
「今日かに座は一位だと言っただろう。人事を尽くしているのだから当然なのだよ。ふたご座のアイツは不調だろうがな」
いつ見ても恐ろしい、と高尾は緑間の完璧に整っているシュートを見て感じた。それに加えて、おは朝占いでかに座が一位の日は殆ど失敗を見せていない。当然のように決まっていく。まるで誰かを嘲るようにして。
「お疲れッス!じゃ、オレ先に帰りますわ」
「おい黄瀬、そういえば夕方から……ってもう居なくなりやがった!」
黄瀬は練習が終了するなり光の速さで帰り支度を済ませ部室を後にした。普段と正反対である苦痛のバスケから解放された黄瀬の表情はとても輝いていた。
「雨に気をつけろとか言ってたけど結局晴れてんじゃないスか。おは朝も外すときは外すんスねー」
校内と校外の境界線を踏み越えようとした矢先に、黄瀬の喜びを奪うようにして雨がぽつぽつと降り出した。このまま本降りになる前に帰れば問題ない。黄瀬は少しずつ勢いを増す雨の中を急ぎ足で抜けていった。
「もうゆっくり歩いても大丈夫ッスよ……ね……?」
ペースを落としゆっくり歩いて帰ろうとした考えが浅かったと黄瀬は悔いた。雨の勢いは頂点に達し、容赦なく全体に襲いかかる。突然の豪雨に見舞われ、人々は手にしているものを使って身を守ることで精一杯だった。鞄を代わりに使えるわけもなく思案に暮れていたら豪雨の直撃を避けられる場所を見つけ、逃げるようにしてそこへ飛び入った。
「うわーびしょびしょ……。雨降る気配まったくなかったのに何なんスかもう!どうせふたご座最下位の彼氏が雨に襲われてひーひー言ってることなんてどうでもいいんスね!」
あっという間に濡れてしまった制服を見て黄瀬は深く溜め息をついた。思い返せば、今日は良いことが何もない。バスケは不調で占いは悪い意味で当たる。このまま最悪続きで一日が終わってしまうのかと黄瀬は思ったが、芝生を踏みしめる音がどこからか近づくようにして聞こえてきた。
「誰がどうでもいいと言った。随分と探したのだよこの馬鹿め」
そこに現れたのは傘を片手にしている緑間だった。自分のことをすっかり忘れていたに違いない相手の登場に黄瀬は驚きを隠せなかった。
「み、緑間っち!?さ、探したって俺のこと心配だったんスね!もー素直じゃないんスから!」
「なっ、なぜそうなるのだよ!心配したとは言ってないのだよ!」
「どう考えても心配してたようにしか思えないッス。でも今日やーっと良いことありました」
あくまでも心配していないと言い張る緑間だったが、言葉とは裏腹に雨に濡れた黄瀬の頭上に傘を広げていた。素直になれないところがまた愛おしい。黄瀬は緑間の右手を引っ張り、座らせると、彼の顔をまじまじと見つめた。緑間は視線の攻撃から逃れようとしたが黄瀬がそれを許さなかった。
「やっぱり緑間っちの顔、綺麗ッスね」
「っ……!?よくもそんな気色の悪いことをさらりと言えるなお前は……」
「気色悪いって失礼ッスよ!キスしなかっただけ……痛っ!」
少しだけ誇らしげに言う黄瀬の頭を緑間は容赦なく叩いた。自身が濡れていることに配慮して我慢したのだろう。黄瀬はむすっとした顔をしながら、すっと立ち上がった緑間を見た。あ、耳真っ赤だ。しかし、それは口から発せられることはなかった。黄瀬は小さく笑った。
「……さっさと帰るのだよ」
「えーオレまだ緑間っちと一緒がいいッスー。あっ、じゃあこのままオレの家行きません!?身体拭きたいし緑間っちもわざわざオレを探しに来てくれて疲れてるだろうし休憩にもなるッスよ!」
「ことわ……行ってお前の気が済むなら行ってやらないこともないのだよ」
「本当ッスか!?緑間っちがオレの家来るの久々なんですげー嬉しいッス」
黄瀬は嬉しそうに目を輝かせて言った。最初は断るつもりだったが恋人の幸せそうな顔を見たら非情な心は嫌でも崩れてしまう。緑間は仕方ないと言わんばかりに眼鏡をくいと上げ、わざと黄瀬をおいていくようにして歩き出したが、頬は赤らみを増していた。
「そんなところも可愛くて困る」
黄瀬は緑間の右手を取り自身の左手と重ねると、気付かれないように指を絡めた。
12/07/01