「屋上でご飯を食べようって、急にどうしたんですか赤司君」
「別に大した意味はない。ただ、たまには二人で昼食をとるのも悪くないだろうと思ってね」
いつものように教室で一人で昼食を取ろうと弁当箱を開けたら、赤司君がやってきた。そして、弁当箱からひょいとボクが今まさに食べようとしていたサンドイッチを口に頬張ってしまった。何とも形容し難い表情で赤司君は黙々と食べている。沈黙が緊張を演出する。今日の弁当は一応自作だ。赤司君の口に合わなかったら怒られるのだろうかと身構えていたのだが。
「これは黒子が作ったのか?」
「あ、そうですけど……。口に合わなかったらすみません」
しかし、そんな気は全くないようで赤司君はボクにそう尋ねた。そうだ、と肯定すると赤司君は微笑した。帝光バスケ部の栄光を背負う主将が見せた、穏やかすぎる微笑は逆に怖いとさえ思った。
「おいしいね。もう一個食べたいところだけど屋上で食べようか」
おいしい。ボクが作ったサンドイッチを賞賛する四文字が確かに耳に入った。ボクと赤司君の周囲に居た誰もが、ぎょっとしていた。当然だろう。ボクもまた、その一人である。
「は、はい。ボクが持つので赤司君は大丈夫です」
「いいよ。これくらいの重さなんて持ってる感じがしないしね。ほら、行こう」
呆気に取られている場合ではない。ボクは慌てて返事をして弁当箱を持とうとしたが、赤司君がそれを制止した。彼に否定を意味する言葉は通じない。それはバスケを通じて何回も分からされてきた。ボクは弁当箱に伸びていた手を大人しく引っ込め、席を立ち上がった。
そして冒頭に戻る。赤司君はブレザーをシーツ代わりにして、その上に寝転がって青空を眺めている。赤司君の瞳には一つのものだけではなくたくさんのものが映し出されているように思う。それが何かボクには見当もつかないが、そんな気がするのだ。
「黒子」
弁当箱を開いて先程食べそびれたサンドイッチを食べようとしたら、突然赤司君がボクの名前を呼んだ。はい、と一言だけで返すと、赤司君は眠たそうに欠伸を漏らしながら身体を起こした。選別するように弁当箱の中身を見渡すと、またもやボクが食べようとしていたものに目をつけたらしくそれは軽々と摘まれてしまった。赤司君はお見通しだと言わんばかりにミートボールを口に入れてしまった。
「これもおいしいね。もらってもいいかい?」
「もう食べてますよ赤司君……。ボクはそんなに食べないのでいっぱい食べていいですよ」
忘れてたよ、と赤司君は笑いながら言った。人の弁当箱の中身を選別して気に入ったものを摘んで黙々と食べるその姿を見ると、試合中の彼を忘れてしまいそうになる。それでも、本来の姿は今ボクの隣でご飯を食べている方ではない。真逆だ。覆らない事実はボクの本心を僅かに鼓動させた。
「……なくなっちゃいましたね」
気が付いたら、弁当箱の中身は空っぽになっていた。ボクも食べていたのだが大半は赤司君によって食べられてしまった。赤司君は大して悪びれもせずごめんねと謝った。空腹感は既になくなっていて、怒るようなことでもないからボクは当たり前のようにいいですよと返答した。
「どうしますか?もう戻りますか?」
お昼も食べ終わり、屋上にいる用はなくなった。ボクが尋ねても赤司君は答えない。
「……赤司君?」
その時、赤司君が笑った気がした。ボクとご飯を食べていた彼はそこには居なかった。穏やかすぎる笑み。それは時にどうしようもない恐怖を植えつける。身の毛がよだつような恐怖心によってボクはその場から動くことができなかった。
「まだ、なくなってないよ」
わざとらしく床を踏む音を大きくされる。赤司君が何を言ったのかは分からない、いや、分かろうとしなかった。そして、不敵な笑みを浮かべてこう言ったのだった。
「これ、ちょうだい」
11/07/04