七月七日。世間一般では七夕と定義されており、子供達が短冊にどんな願い事を書こうか笑顔で楽しそうに考えている。俺の妹も例外ではなく押入れに仕舞ってあった笹を登場させると、その場に座り込み意気揚々と短冊に願い事を書き始めた。どんなものかと妹に気付かれない所から覗いてみると子供は純粋であるが故にえげつないことを願うのだと痛感させられた。しかし、俺にはそれよりも大切なイベントが待っているのだ。
「真ちゃんの誕生日、か。ってか七夕が誕生日って可愛いんだけど……!」
そう、我らが秀徳高校バスケ部の枢軸を担う緑間真太郎の誕生日である。あの体格と性格で七夕が誕生日だと知った時は思わず噴き出してしまった。当然怒られたのだが今でもふと思い出すと笑いそうになってしまう。だが、よく考えるとおは朝を信じてラッキーアイテムを常に肌身離さず持ち歩いているあたりまだ子供らしい一面もあるのだと思った。本人は子供じゃないと言い張りそうだが高校一年にもなって占いを真面目に信じている人間はそうそう居ないだろう。そんな奴がバスケになると、チームの期待を背負う点取り屋に変貌する。何度も秀徳を勝利に導いてきた男だ。口では強がってばっかりだが、その裏で積み重ねられている多大な努力の結晶に俺は惹かれたのかもしれない。
「その前にプレゼントはいらんのだよ、とか言って断りそうだよなー。まぁ断らせるつもりはねぇけど」
真ちゃんが喜びそうな誕生日プレゼントはどんな物か試しに考えてみたが、全く思いつかない。まず、そういった類の物を受け取るのだろうかと疑問が浮かぶ。それでも今日は譲るわけにいかない。慣れもしないことに頭を使っていたら時計の針が学校へ行け、と催促していたので俺は走って家を出た。
教室は七夕の話題で持ちきりだ。女子は嬉しそうに願い事を教えあい、男子はノリノリの奴も居れば全く興味を示さない奴も居る。真ちゃんの誕生日の話題はどこにもない。ただ言ってないだけだとあっさりと結論が出た。それと同時に、このクラスで知っているのは俺だけだという優越感が生まれた。
「あーれ、誰もお前のことには触れてねぇのな。誕生日だろ?」
「そうだが別に他人に言ったところで何も意味はないのだよ。それよりも人の机に座るな高尾」
「そんな怖い顔して言うなって。机に座るのって結構落ち着くもんだぜ?」
「理解できんな。そもそもお前の席はオレの目の前だろう」
くじ引きで席替えをしたらたまたま俺と真ちゃんは前後の席になった。あの時の明らかに嫌そうな顔は今でも忘れられず、思い出し笑いしてしまうくらいだ。だが、俺は寧ろ感謝していた。隣同士ではないことだけが悔やまれる。
「あ、そうだ真ちゃん」
さっさと約束を取りつけてしまいたくて俺は真ちゃんを呼んだ。部内で誕生日祝いが終わったらすぐ帰ってしまうに違いない。それは何としても避けたい。
「練習終わったら帰んないで外で待っててくんねぇ?
「……別に構わないが」
「うおっ、まじで!?じゃあ絶対帰んなよ!」
力強く断られると思ったが、若干の間を空けて了承してくれた。はじめて見た真ちゃんの素直さに助けられるとは。これで下準備の舞台は整った。
問題は、朝からずっと頭を悩ませているプレゼントだった。真っ先に浮かんだのはおは朝のラッキーアイテム。きっと先輩達も同じことを考えただろう。そういう理由でこれは除外。部員全員から同じ物を押し付けられたらさすがに俺でも嫌になる。昼休み中にこっそり抜け出して何か買いに行くか。十分ありだと思ったが確実に授業に間に合わなくなる。一から作り出すのは無謀だ。難しい性格をしている真ちゃんが一瞬だけ憎らしく見えた。
そこで、だ。
俺は思考の終着点に辿り着いた。形がある物を渡せないなら、用意できるものは一つだけだ。いずれ伝えなければならないのだ。道端に転がり落ちていそうな展開に吐き気すら覚えたが、これでいいのだと俺は思った。
そこから時間が光の速さで過ぎていったように思われる。授業は針で刺すような痛みの視線が後ろから刺され続けたので寝ることは許されなかった。ただ、何も頭に残っていないのだが。ホームルームも終わり、俺達はこれから部活に向かう。真ちゃんは相変わらずだった。
練習終了の指示が監督から出され、今日の練習は終了した。お決まりの反省会が終わると、真ちゃんはいつものように体育館に戻ってシュート練習へ行こうとしたが、俺は慌てて止めた。眉間に皺を寄せ早く手を離せと言わんばかりに俺を睨みつける真ちゃん。そして。
「誕生日おめでとう、緑間」
大坪さんの言葉と同時に元気よく鳴るクラッカー。真ちゃんもさすがに驚いたようで素っ頓狂な顔をして立っていた。
「あの、何故知っているのですか」
「高尾が真ちゃんの誕生日ー!とかうるさかったから仕方なくだよ、仕方なく!マジ今日は素直に祝われておかないと轢くぞ?轢くからな?」
「宮地、人の誕生日に死亡者出すのはさすがに避けようぜ……」
呆然としている真ちゃんをよそにずいずいとプレゼントが押し付けられていく。何だかんだで文句を言いながらもちゃんと祝ってやってる宮地さん。そして、そんな宮地さんに呆れたように溜息を付く木村さん。真ちゃんはあの、でも、とか言いつつも積まれていくプレゼントに飲み込まれそうになってた。
「おい高尾ー。お前まだ緑間に渡してなくね?」
「えっ?あっ、そう……ッスね」
「高尾?」
まだだ。俺が真ちゃんにプレゼントをするのは部内でのサプライズが終わってからだ。俺は逸る気持ちを抑えるようにして、一足先に部室を出た。
試合前とはまた違う緊張が俺を襲っていた。お調子者とか軽い奴とか言われても、緊張する時はするのだ。平気だと言い聞かせるようにして呼吸を整えてみる。しばらくすると、真ちゃんが約束を守りに来てくれた。
「まったくいきなりあんなに押し付けられても困るのだよ……」
「あん中におは朝のラッキーアイテムがあるって考えればいいんじゃねえの?」
「……それよりも何の用だ。高尾」
まさか真ちゃんからきっかけを作ってもらえるとは思わなかった。これは言うしかない。
「俺さ、先輩達みたいに直接渡すプレゼント用意できなかったんだわ。だから」
このまま流れてしまえ。思うように声が喉を通らない。真ちゃんはどんな顔をしているのだろうか。
「俺と付き合うってのが誕生日プレゼントじゃ……ダメ?」
「は……?」
最初で最後の恥ずかしい台詞がついに溢れ出た。もし誰かに俺であるかどうかを確認されたら、別人ですと即答できる自信がある。恐る恐る真ちゃんの様子を見ると、今の状況をまるで分かっていないようで唖然としてその場に立ち尽くしていた。ここまで呆気に取られている真ちゃんを見るのは初めてでいつもならとっくに笑っているだろうが、それどころではない。返事を待つ身としては、耐え難い沈黙だ。
「で、で、返事は返事は!」
一向に喋ろうとしない真ちゃんに痺れを切らし、俺はつい催促するように答えを求めていた。早く思考停止状態から脱出してもらわなければ、こっちの心臓が持たない。
「おーい真ちゃ……!?」
居ても経ってもいられず、もう一度名前を呼ぼうとしたらずいとおしるこを押し付けられた。言うまでもなく、真ちゃんだ。不器用な真ちゃんから送られた俺にとっての最高の答え。その事実は喜びを一気に爆発させた。
「こ、断るわけにもいかないのだよ……」
「そんなこと言いながら断るつもりなんてなかったんじゃねーの?」
「黙れ高尾……!」
照れを隠す声で言われてもいつもの威圧感がゼロで思わず噴き出しそうになった。気付かれたようで今日にふさわしくない形相で睨まれたが、それすらも無効化できるくらいに俺は舞い上がっていた。
「これからもよろしくな、真ちゃん。誕生日、おめでとさん」
真ちゃんは無言で頷くと顔を上げて空を見ていた。俺もつられるようにして見る。そこには、七月七日を最高級の日にする星々が数多に散って輝きを増していた。それをまじまじと見る真ちゃんはどこか幼く思えた。そういえば、家に短冊まだ余ってたっけ。帰り道の展開を想像しながら、俺は願い事を書くことに決めた。
11/07/07
緑間真太郎君誕生日おめでとう!!!!!!試合でのかっこいい一面と試合以外でのアホで可愛い一面がとっっっても大好きです!!!!!